「宝塚温泉碑」は、宝塚駅から武庫川にかかる宝来橋を渡った左手にあります。
そこには、宝塚温泉の歴史も説明されています。
鎌倉時代、この辺りには小林荘(おばやしのしょう)という荘園がありましたが、
1223年(貞応2年)に藤原光経が「津の国をはやし(摂津の小林)に湯浴」と歌を詠んでいます。
伊子志(いそし)武庫山の山上にある潮水山塩尾寺(えんぺいじ)の伝説では、室町時代、
将軍足利義晴の時代に、悪瘡(肌の病)を患い苦しんだ女性が、観音様の教えで武庫川の鳩ヶ淵
近くの柳の根元近くに沸く酸い水から湯あみして病を癒したのだといいます。これが宝塚温泉の
始まりだと伝えています。
江戸時代には、塩尾(しおのお)の湯、伊子志(いそし)の湯、川面(かわも)の湯などの名で
親しまれ、「有馬温湯流レクタル餘水」と「摂陽群談」に記されています。
この温泉場は、1887年(明治20年)に「宝塚温泉」と命名されて近代発展がはじまりました。こ
の石碑はその年に建てられたものです。現存する「宝塚」と刻まれたものの中で、最も古いもの
です。
そして石碑には「天然たんさん水 この下あり」と刻まれています。
橋の下を覗いてみると川面は赤い鉄分を含んで色が変わっていました。
するとあちこちからプクプクと泡立っています。
これが宝塚温泉の炭酸水なのでしょう。
武庫川を300mほど上流に歩いてみるとここにも温泉が湧き出ていました。
また、温泉碑の道路を挟んだ反対側にはウィルキンソン炭酸水の自動販売機が設置されています。
実際にウィルキンソン炭酸水の工場があったのはここから数キロ離れた場所で、今でも炭酸泉が湧いていますが、現在は立ち入り禁止になっています。
住所:兵庫県宝塚市湯本町9-9